T、死を通して生を考えるとは

 最近、特に子ども達の引き起こす残虐非道な事件が後を絶たない。これらの事件の背景には果たして何が隠されているのであろうか。勿論、これら事件の一つ一つの背景はそれぞれ異なり、一つに絞る事は難しいと考えられるが、私は背景の一つとして、「死からの遠ざかり」があるような気がしてならない。このように考えている時に、「DEATH EDUCATION」と言うものがある事を知った。そこで、自分の大学の講義で、NHKテレビで放映された「死を学ぶ子どもたち〜デス・エデュケーションの現場から〜」の番組を偶然コピーしておいた関係上、このビデオを見せた後に、やはりNHKスペシャルで放映された「赤ちゃん 〜このすばらしき生命〜」と「お父さんへ 〜赤ちゃんからのメッセージ〜」の2本のビデオをみせ、この後に、これまで約20年間重症心身障害児施設において、私が経験してきた一小児科医としての臨床的経験談等の話をするという講義を始めた。講義後、講義に関しての感想文を学生さん達に書かせてみたら、意外にかなり印象深くしかも意味深く捉えてくれている事に気がついたのである。「この様な話は始めて聞いた」、「大変有り難う」などとお礼の言葉をレポートに書いてくれる学生も少なからずいた。この講義を通じて、最近の若い人たちがいかに死の問題に遠い存在であるのか、あるいは死の場面に出会うチャンスが少ないかを実感させられた。
  これまで20年もの長い間重症心身障害児医療に関わり、多くの重症心身障害児(者)の最後を看取ってきた私としては、これまでの私の経験が何らかの形で学生さん達に役立って欲しいという願望はそれまでもあった。特に、重症心身障害児医療に関しての講義を聞いて、学生さん達が彼女ら自分自身の「生き甲斐」を考えた時、彼女等自身に何らかの変化を期待できるのではないかとの密かなる願望もあった。
  もとより、最近の子供達が引き起こす忌まわしい・残虐な事件(神戸の殺人事件を始めとして、黒磯における女教師刺殺事件、また些細な事から引き起こされる子供同士の数え切れないほどの殺傷事件等)が次々に起こっているという社会的背景があり、たまたま、一人の小児科医が偶然の事とはいえ、女子大の教職についていたという事もあったであろう。
このように、最初は極めて単純な思いから始めた試みではあったが、この課題に取り組み、多くの学生が卒業論文のテーマとしても取り扱うようになり、自分なりに考えを整理して行くうちに、いかにこの課題が現在のこの世の中で欠けている課題であるか、あるいは必要とされているかという事に気付くようになった。
  また、まだ少数であるとは言え、このテーマの重要性に気付き、それぞれの立場で、この問題に取り組んでいる仲間の存在も知ったのである。ただ、考えや目指すところはたとえ同じであるとしても、その方法論や選ぶテーマはかなり異なるものである。しかし、最初に強調したい事は、この事が現在のこの世の中で、すでに、欠くべからざるテーマとなりつつあると言う事であり、この事を多くの人々が認識する事が重要であると言う事である。残念ながら、この問題に関しての興味や関心を持つ人々は現在のところあまり多くはなく、さらに言えば、一つのタブーとして認識されている可能性が高い。

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