V、生物学的視点の重要性

  上述したように、私個人の意見としては生物学的視点を重要視したいと考えている。このような観点から、最近の遺伝子解析の進歩により分かってきている「アポトージス」や「テロメア」などに関しても必ず話すようにしている。細胞の死には「ネクローシス(壊死)」と「アポトージス」の2種類があり、このうち「アポトージス」は「programmed cell death(細胞の自殺)」と言われるように、そのプログラムが遺伝子上に既にDNAレベルで組み込まれているのである。例えば、おたまじゃくしから蛙に至るまでの経過を考えれば分かるように、おたまじゃくしの尻尾は徐々に消滅していく運命にあるが、これが「アポトージス」と言う機構により実行されるのである。人の場合を考えてみても、胎児が精子と卵子が結合した瞬間から、徐々に人としての姿に変わっていく段階で、最初体幹の部分が出来、さらに手が出来、足が出来てくるが、その際、例えば手が出来てくる時に、最初に出来るのはグローブのような手である。これが、五本の指に分かれて来るのは、それぞれの指の間の細胞が「アポトージス」という既にDNAレベルでそのプログラムが組み込まれているシステムにより、指の間の細胞が徐々に死んでいき、5本の指が分かれて来るのである。
   また、「テロメア」とは、螺旋状構造で出来ていて、その両端を引き伸ばすと1本の糸のようになるDNAの両端に存在しており、一種の年齢の回数券とも考えられている部分である。これが組織培養下での細胞増殖において分裂に伴ってその数が減少していく事実が既にわかっている。すなわち、生物のいのちが遺伝子レベルにおいて、既にある部分においては決められていると言う衝撃的事実が判明しているのである。
   話は変わるが、最近の子ども達の自己中心的なことや、コミュニケーションの貧困さなど、人間関係の希薄さが数々の事件の背景にある事も事実であろう。これらの問題をいかに解決していくかが今後の課題である。この問題の解決には出来るだけ多くの人々に対して、自分の生き甲斐を考えてもらう、すなわちその前提として、死の問題を考えてもらう事が必要不可欠ではないかとの思いが強いのである。
   2000年5月に我々は、それまでの私どもの研究会における活動を出来るだけ多くの方々に知って欲しいとの願望から報告書として小冊子をまとめる事となった。出来るだけ多くの方々にお読み頂いて、この問題に対しての私どもの考え方にご意見を賜りたいと願っている。

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