この質問を幼稚園などの講演時に時にすることがある。現代の多くの母親は「この行為を止める」という答えをする事がかなり多い。千葉におけるある受験塾での講演時ではおよそ、7割の母親が止めると答えていた。
私の考える答えは、「そのまま、見てみぬ振りをする」である。
私の考えでは、このような体験を少なくとも幼児期に経験する事が極めて重要であると考えるからである。
しかしなぜ、現代の母親達はこのような回答になるのか?
ここが問題である。
勿論、言うまでもなく、「生命尊重」は極めて重要なテーマである。
しかし、このテーマが実感なくして、いわゆる、建前としてしか考えられていないとしたら、かなり問題であると思われるがいかがであろうか?
ここに貴重な事例を紹介する。
この事例は実際に、ある幼稚園に見られた事例報告である。
事例 このアリどうなるかな 5歳児4月下旬〜5月中旬
一どうなるかな、知りたいなと感じたことを試している事例一
《場面1》
日ごろからアリに興味をもっているA児は雨の日のアリは何をしているのかな…と興味をもって、B児と二人で傘をさし、アリの巣のある桜の木の下に見に来た。しゃがんでじっとアリの動さを見たり、落ちている木の枝で桜の木のヤニをつついたりしていたが、しばらくするとA児はアリをつかまえて、近くにあった水たまりの中に落とす。
A児は、しばらくアリが水の中でもがく様子を見ながら「泳いでる、泳いでる」とつ、つぶやいたり、@指でつついて沈めたりしては「お前、もう少しで死ぬぞ」などと言っている。B児や学級の他の
幼児が話しかけてもほとんと答えず、友達がそばに来てしゃがみこみ、黙って指でつつくと「触らないで!」と言って拒否する。拒否された幼児が「アリさんって水嫌いなんでしょ?」と問いかけると、A児はアリのほうに目を向けたままで「泳いでるんだよ。ほら一」とつぶやく。そしてA指で何度もつつくうちにアリは動かなくなる。A児がアリをつまんで水たまりの外に出すとアリは再び動き出す。A児はそれを見て、「あっ、生きてた! がんばってる、こいつ」とつぶやくとまた元の水たまりにアリを戻す。担任はA児がアリはもしかしたら死んでしまうかもしれないと思いながらも水に浮かべて観察している姿を見て、その行為を止めようかと迷ったが、虫の大好きなA児が何かを感じているのではないかと思い、その場は声をかけずに見守った。そして他の教師からアドバイスをもらいながら、担任はA児に対して、小さなアリも一生懸命に生きている様子を、見たり感じたりしてほしいと願って対応の仕方を考えた。
《場面2》
その後、担任は大きさの違う二つの飼育ケースを組み合わせて、アリの巣作りが見られるような教材を準備し、A児と一緒に遊んでいた幼児3名と共に、園庭にアリを探しに行く。
一人の幼児が飼育ケースに土を入れながら「先生、アリは家族で住むんだよね」と担任に話しかける。「へえ、そうなんだ。みんなと一緒だね。でもどうしてかな」と問いかけると、A児がB「そうだよ。家族で住まなくちゃだめなんだよ。だって、前にビニールに入れて捕まえたとき、違うのを入れたらケンカして弱いほうが死んじゃったもん」と得意そうに答える。そこで、同じ巣のアリを7匹ほどつかまえて、飼育ケースに入れる。
アリをつかまえて室内に戻ってきた幼児は、えさのアメのかけらを入れた後、C飼育ケースを囲んでアリの動きをじっと見ながら「あっ、こいつ砂を運んでいるよ」「こっちはちょっと土の中にもぐってる、すご一い」と、気付いたことを口々に言い合っている。途中、他の幼児たちが違う遊びに行ってしまっても、A児は一人でアリの動きを目で追っている。
教師がその姿を見て、「Aくん、このアリお部屋で飼うの?」と声をかける。A児は「そうだよ」とうなずく。教師は土が白く乾燥している様子を見て、「この土にちょっと、スプレーで水をかけてあげるといいわね」と言うと、A児は驚いた表情で「えっ、でもアリは水が嫌いなんだよ」とすぐに答える。「あら、そうなの?なんで?Aくんよく知ってるわね」と感心したように言うと、D「何でかっていうと、アリは水があるところに置くと、絶対に違う(水のない)ほうに行くもん。前に実験した」と得意そうに答える。そして保育室に戻ると、アリに直接水がかからないように慎重に霧吹きでスプレーをする姿があった。
翌週、登園するとすぐにA児は飼育ケースのそばに近寄ってアリを見る。すると、二日間の休みの間にアリが巣を作っていて、はっきりとその様子を見ることができた。E「わ一、できてる!!」とA児はとてもうれしそうである。そして、H「やっぱり本で見たのとはちょっと違ったな。そうかなと思ってたんだ」とつぶやく。
(教師は担任以外の教師をさす)
@体験を通して幼児に育まれていること
・A児は普段からそれほと口数も多くなく、特に表情豊かな幼児というわけではない。けれどもCやHの場面のように、小さなアリが自分の体よりも大きな物を運んだり、巣を作っているなとの新しい発見を目の当たりにしたときに驚きの言葉を口にして、とてもうれしそうな表情を見せたことから、アリが一生懸命生きている姿を見てすごいなと感じることにつながったと思われる。
・@やAの場面のように、実際にアリをつかまえて、いろいろな状況で試してみることによって「アリは水を嫌う」「飼育するときに違う巣のアリを入れてはいけない」ということに気付いていることが、その後のBやDの会話から分かる。そして実際に試してみることによって、Fのように、図鑑で得た知識と比べながら自分なりに納得をしている。A児にとっては、興味をもてる対象に出会い、好奇心をもって持続してかかわることでこのような気付きや本児なりの発見につながっている。さらにそのことが自分で見て確認し、知識を広けていくことの楽しさにつながった。
A環境の在り方及び教師の援助
・担任は《場面1》でA児の行動をやりすぎではないかと感じ、その行動を制止するべきかとうか葛藤した。しかし、虫が大好きで普段から自分の目で見て納得することの多い本児の個性を受け止めて、その場は様子を見守った。そして、本児なりにアリの生態に触れ、驚いたり気付きを生んだりする体験につなげていけるように、《場面2》では新たな援助の方法を考え、教材を準備した。今回の体験が、A児にとってすぐに命の大切さへの理解につながるとは思えないが、様々な角度から身近な生き物とかかわり、多くの感情体験を積み重ねていくことが幼児の生き物への思いを深めていくことになるのではではないかと考えた。
・教師は飼育ケースを二つ組み合わせ、アリの動きの様子を詳しく見られるような教材を提示した。幼児にとって今までとは違う角度からアリとかかわることができ、新しい教材への興味がさらにアリに関心を向けるきっかけとなった。幼児の興味に即した教材を準備し、遊びに取り入れていくことの大切さを再認識した。
・A児が水たまりにアリを沈めている姿を見て、担任はA児に対してどう援助すべきか葛藤した。そのことを教員間で話し合ったことで多様な価値観を知ることができ、新しい援助の仕方のヒントを得ることにつながり、その後の指導に生かすことができた。
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